釈迦の心⑨ – すべて一体であること(十如是)

圓福寺だよりコラム「仏音」
Column No.022

 

十如是(じゅうにょぜ)とは

今回は、十如是の説明です。

法華経の方便品第二に、如是相、如是性、如是体、如是力、如是作、如是因、如是縁、如是果、如是報如是本来究意等とでてきます。

例えば、古い話になりますが平成12年(2000年)9月にシドニーオリンピツクが開かれました。

日本柔道の谷亮子さんが念願の金メダルを獲得しました。前回、前々回のオリンピツクでも実力を評価されながら金メダルは獲れませんでした。

本人は「最高でも金、最低でも金」と言っていました。相当の思い入れで臨んだようです。人知れず、努力の連続で精神的負担も我々には計り知れないものがあったと思います。

実力も前回、前々回がピークと言われていました。そして今回の金メダルです。日本中の人々が興奮し拍手を送ったと思います。素情らしい選手です。

今回の谷亮子さんの活躍で、多くの人が影響を受けました。悩み、苦しみを持った人も、よし自分も頑張ろうという気持ちになったことでしよう。

 

すべてが縁となり、つながり一体となる

このように、谷亮子さんの持っている、姿・形・力などが作用し、まわりに影響を与え、まわりに変化が生じてきます。そして、縁となって何かの結果が生じます。例えば、柔道や他のスポーツをする人が増えたかも知れません。

谷亮子さんが、多くの人を感動させたことによって、まわりが変化する。そのことが縁になって今度は谷亮子さん自身が影響され変化します。つまり、谷亮子さんもまた練習に精進しようという気持になると思います。

そして人間的にも増々向上していくと思います。

谷亮子さんの姿・性質・実力・作用、それが原因となってまわりに縁を与え、結果として変化させる。

その変化が縁となって谷亮子さんにも良い報いが生じる。

このように、谷亮子さん本体が在ることによって種々生じる変化、影響が全て別々でなく、つながっている。
すべて一体であることが十如是ということです。

 

平成13(2001年)年07月13日発行 第46号より